第1日 旅立ち

市川〜大洗〜フェリー(109km)
帰ってゆく、そんな気持ちになる。 家を出て、国道6号を走る。 この数年間、6号は、すみかから故郷への道だった。 昼前に家を出て1時間半も走れば、 僕の育った町に着き、通り過ぎてしまう。 その先は確かに旅の道のりなのだけれど。 僕の胸には、まだその先に故郷があるような。 錯覚とは思えないほどはっきりとした、 帰ってゆく、そんな気持ちがあるように感じられた。 柏付近ではひどい渋滞につかまってしまったけれど、 茨城に入ってからは順調に走ることができた。 取手、竜ヶ崎、土浦。 見慣れた地名、見慣れた道を通り過ぎる。 4時間ほどで、大洗に着いてしまった。 大洗の町は、あまり海の香りがしない。 もともとそうなのか、通り過ぎた台風の影響なのかはわからない。 だから、突然海が現れたような気がした。 不意打ちのように、船が見えた瞬間。 僕は、胸の高鳴りと安堵感を同時に覚えた。 久しぶりに故郷へ帰るときに似た、複雑な気持ち。 あれから僕は、どれくらい変わってしまったのだろうか。 あれから僕は、 どれくらい変わることができたのだろうか。 フェリーの待合室は、がらんとしていた。 ぽつりぽつりと人が集まるけれど、 それぞれが距離をおいて座っているから、 にぎやかにはならない。 幼い子供の笑い声だけが、遠くから聞こえてくるだけだった。 15時に受け付けをすませると、17時の乗船まではなにもする事がない。 僕は、待合室のテレビのサッカー中継に見入っていた。 船に乗りこんで寝台に横になると、空虚な時間が訪れる。 船の上では、しかし、何かしなければならないという 強迫じみた焦りは沸いてこない。 じっと、軌跡を眺めている。 じっと、本を読んでいる。 じっと、明日のことを考えている。 それだけで、十分なくらい時間が流れて行く。 夜が更ける。 船のエンジン音と排気臭が幻覚剤のように僕にまとわりつき、 僕は昨日までの僕を忘れてしまう。 僕は、どこから来たんだ? 僕は、どこへ行くんだ? 僕は、 僕は、 帰ってゆく。                     2003/09/23 「へすていあ」船上にて