第2話 エドモントンに4つの芋塊を見た


 1時間半ほどでエドモントン空港に着き、飛行機から降りるとき、後ろの方から「フォートマックへ行くのか?もう遅いぞ」という会話が聞こえてきた。その通り、すでに最終のフォートマクマレー行きは出てしまっていた。
 ちくしょうめ...。僕は思った。ちくしょうめ...どうせ間に合わないのなら、あの入国審査係員にたっぷりお説教しておけばよかった。
 エアカナダのカウンターに行って航空券を見せると、ダークグリーンの制服を着たおばちゃんは「オオゥ...」と低くつぶやき、宿泊とホテル往復バスのクーポン、翌日の振り替え便の航空券を手配してくれた。
 ホテルのクーポンには15ドルぶんの夕食まで含まれており、なんとなくエアカナダに好感を持ってしまったが、いかんいかん遅れやがってこのやろうと慌てて目をつり上げた。なにせ、オーロラ観測のチャンスは3夜しかなく、そのうちの1夜がつぶれてしまったのだ。

 「これ持ってね、手荷物受け取って、スカイシャトルに乗りなさい。あっち」
 僕はつり上げた目を維持しつつ、荷物を受け取るターンテーブルに向かったが、バッグが見あたらない。もうだいぶ時間が経ったし、誰かに持って行かれたりしたのだろうか?
 僕は慌てておばちゃんのところに戻った。つり上げマナコはすっかり狼狽マナコになってしまっている。
 「あああああのあのあの、バゲッジが見つからないんだけど」
 クレームタグを渡すと、おばちゃんは慌てずに事務所のようなところに行き、僕らの荷物を引っ張り出してきた。あるていど時間が経ったものは、そこで預かることになっているらしい。

 「じゃ、スカイシャトルに乗りなさい。あっち」
 「よかったー、ありがとう」
 僕はお礼を言ったが、よく考えたら忘れ物とか落とし物を保管してくれていたわけではなく、すべては飛行機が遅れたせいなのだ。僕はもういちどマナコをつりあげ、それでももう仕方がないので、ホテルに向かうことにした。

 スカイシャトルね。スカイシャトル。
 ところで、スカイシャトルって何だ。エドモントンなどで一泊する予定はなかったため、なにも調べていない。東京モノレールみたいなものだろうか?それとも京成電鉄のスカイライナーみたいな電車のことだろうか?
 とにかくSky Shuttleと書かれたカウンターに行って「スカイシャトルってどこから乗るんだ」と聞くと、9番のドアから外に出ろという。
 そこにいたのは、Sky Shuttleと書かれたワゴン車。何台か並んでいる。小回りの利く乗り合いバス、といったところだろうか。僕はそのなかの一台をのぞき込んで運転手にクーポンを見せた。
 運転手は言った。
 「デ...デニャ? デニャム・イン? 知らないなぁ。あっちで聞いてみて」
 知らないってあんた地元だろう。スカイシャトルの運転手だろう。指さす方にもシャトルが何台かあったが、どれもエンジンはかかっているが運転手がいない。困っていると、真っ白なリムジンの運転手が声をかけてくれた。
 「何を探してるんだ? デナム・イン? No.77のシャトルだ。道を渡って、向こう側に行きなさい」
 なるほど、向こうにも車が止まっている。が、道を渡ってもそれらしい車はない。振り返ると、リムジン運転手がもっと向こうもっと向こうと手で合図をしている。
 はー。もっと向こうか。気温はマイナス10度。歩き回るなんて考えていなかったので、まだ薄着のままだ。寒い。
 しばらくして振り返ると、別の運転手(だと思う。どうもみんな同じ顔に見えてしまうんだなぁ。向こうから見ても、日本人はきっとみんな同じ顔に見えているだろう)が手招きしている。駆け寄ると、そこにNo.77のシャトルがあった。じゃ、リムジン運転手の言ったことはなんだったのだ。

 シャトルは、10分ほどでホテルに着いた。
 簡単にチェックインと翌朝のシャトルの予約を済ませた。ホテル内は暖房が良く利いており、とても乾燥していた。僕は激しい静電気と戦いながら部屋に入った。激しい静電気と戦いながら上着を脱ぎ、激しい静電気と戦いながら荷物を置いて、レストランに向かった。

 メニューを開くと、サラダとハンバーガーとカツレツがずらりと並んでいた。ステーキがなくカツレツばかりというのは、この地方の特色なのだろうか? なんとなく、揚げてあれば寒くても冷めにくいような気はする。
 もうちょっと軽い物が欲しいのだが、まあ仕方ない。僕はveal(young cowだと言っていた)のカツレツをオーダーした。それとサラダバー、コーヒーをつければだいたい15ドル。クーポンの範囲に収まる。せっかくのオーロラ観測第1夜がフイになったのだ。1セントだってよけいに払ってやるもんか。

 閉店間際のレストランの悲哀を十分すぎるほどに醸し出しているサラダバーから、廃棄直前の野菜たちを救出すべく巨大なキュウリの輪切りや(矛盾しているようだが)巨大なプチトマトを食べていると、キノコソースがかかったカツレツが来た。しかし、僕の目はカツレツではなく、その横の付け合わせ、メインより目立つ付け合わせに自然に引き寄せられた。
 まるでカナディアンロッキーのように連なる、直径5センチほどの球形のマッシュドポテトが4つ。4つの芋塊がカツレツを見下ろすように並んでいた。でもって、そいつらときたら味がないのだ。塩コショウはまったく無力で、いくら振りかけても芋の味しかしなかった。
 カツレツはまるで芋塊におびえているように縮こまっている。食べてみるととても固く、仔牛なら柔らかいだろうという僕の予想はまったく外れた。

 部屋に戻った僕は、シャワーを浴びてすぐに眠った。
 4つの芋塊に押しつぶされる夢を見ないように祈りながら。

 オーロラ観測1夜めは、観測地にたどり着くことなく終わった。