第4話 やられっぱなし


 旅行の楽しみと言えば、食事があげられるだろう。
 しかし今回の旅行では、初日の芋塊だけでなく、すべての食事にやられた感がある。

 2日目の昼の中華。
 なんとホテルからの送迎付きである。
 しかし着いたのは普通の「町の中華屋さん」なのだ。これを読んでいるあなたの町の商店街のはじっこあたりにも、ひっそりと営んでいる中華屋があることだろう。なんだかなもう。1時間後に迎えに来ると言い残して、車は帰っていった。

 テーブルに着くと、最初に春巻きが2本出てきた。2種類あるので、2人で半分ずつ食べた。
 はー、こんな風にちょっとずつ出てくるのか。中華としては奇態だけど、欧米文化との融合というわけか。まあ割とうまいし、いいだろう。最初は、なんでせっかくカナダに来たのに中華屋につれてこられたのかと思っていたが、これはこれで当地の文化なのだ。

 次に牛肉とブロッコリーを炒めた物と、チャーハンが出てきた。
 はー、これはこの辺のアルバータ牛かね。チャーハンはカリフォルニア米だからパサパサだけど、仕方ないか。しかし、うまくはないだろうな。
 量的にはこれで十分だな。さて、食うか。

 しばらくすると、山盛りの(5人前です、と言っても誰も疑わないくらいの)酢豚が運ばれてきた。
 やや? ちょっと多すぎでないかい?
 さらに、山盛りの(8人前です、と言っても誰も疑わないくらいの)唐揚げが来た。
 むむむむむ。これはなんだかまずい雰囲気だ。
 念のため言っておくが、僕らは2人組だ。

 とりあえず、酢豚に箸を付ける。
 訂正。牛肉でした。酢牛。しかも生焼け。
 タマネギにんじんピーマンはいずれも生。
 唐揚げはさすがに鶏だろう。食べてみる。
 正解。鶏でした。ただし、骨も軟骨もみんなごっちゃ。
 慎重に食べないと痛い目に遭うだろう。
 そして、あれもこれもウマくない。
 ウマくなく、量だけは常識の4〜5倍程度ある。

 迎えが来るまでの1時間がとても辛かった。
 生の野菜をゴリゴリかじり、軟骨も骨もゴリゴリかじった。
 まともだったのは最初の春巻きだけ。なぜ、いち旅行者を春巻きで油断させてから大量の半生ゴリゴリ料理で痛めつける必要があるのか、わけがわからない。
 窓の外に迎えの車を見たとき、「生還」という言葉が浮かんだ。
 「残ったぶんは包もうか」という店主の申し出を、なんだとこのやろうこの上まだ食わせようってのかもういらんもういらんと丁重に断り、店を出て迎えの車に乗った。
 帰り道、ホテルまで帰らず、途中のスーパーで降ろしてもらった。コーヒーと明日の朝食を買うためだ。
 巨大な野菜、飲むのをためらうような毒々しい色のジュース、甘い激臭を放つ菓子類による波状攻撃をくぐり抜け、かなりのダメージを受けながら店内を見て回った。
 笑いのポイントは数多くあったが、冷凍食品売場で見てはいけないものをみたとき、ついに笑いが爆発した。冷凍の春巻きが売られていた。さっき食べたやつ。唯一おいしかったやつ。それが堂々と売られていた。ここで仕入れたのか。どうせなら、すべてここの冷凍食品ですませてくれればよかったのに。
 コーヒーは少量のパックが無かったので、朝食用のベーグルと牛乳を買った。奇跡的に、牛乳だけは200ccくらいのものがあって助かった。

 その日の晩ご飯は、サーモンステーキだという。
 また送迎付きだ。てっきり、チェックイン時にミールクーポンを受け取り、好きなときにホテルのレストランに行けばいいシステムだと思っていたのだが、決まった時間に決まった量の決まった物を食べさせられるのだ。食事で時差ボケの調整をしようと思っていたのに、これには本当に参った。
 着いたのは普通のレストラン。
 ホテルから歩いて5分くらいのところまで、車で3分かけて送ってもらった。そのうち1分は信号待ちだ。僕は車の中で器用にずっこけた。ホテルの近くにこんな普通のレストランがあるなら、自分で来ればよかった。
 味はまあまあ、量も(フライドポテトを除いては)それほど多くはなかった。ウェイトレスも感じが良かったし。
 しかし、カナダは寒いせいだろうか、あまりビールは飲まれていないようだ。お薦めのビールは?と聞くと、クアーズと言われた。せっかく日本から来たのに、隣の国のビールを勧めるなよ...。
 仕方なく、カナディアンビールをくれ、と言うと、まさにカナディアンが出てきた。
 ...ええと、「カナディアン」という銘柄のビールが出てきた。下手な冗談みたいだ。
 しかしこのビール、ぜんぜん泡が立ってない。他のテーブルのも同じ。がっかりだ。


 次の日の晩ご飯も同じレストランだったが、もう思い出すだけで胸焼けがするので書きたくない。