第3話 フォートマクマレーという町


 早朝5時40分、迎えのシャトルに乗って空港に向かった。
 チェックインの長い列に並んだが、いっこうに進まない。航空券には出発の60分前、6時半までにチェックインしろと書いてあるが、間に合わないような気がする。
 僕は列を抜け出し、ファーストクラス専用のカウンターに向かった。さすがにこちらは列が短い。並んでいる間に通りかかったエアカナダの職員に、「7時の便なんだけど、ここでいい?」と聞いてみると、「OK、リリーがここでいいって言ったって言いなさい」と言ってくれた。しばらくして順番が回ってきて、僕の(ファーストクラスの乗客としては)みすぼらしい服装を見ると怪訝な表情を見せたが、出発時刻を見ると快く手続きをしてくれた。

 フォートマクマレー行きの飛行機は、双発の小さなプロペラ機だった。
 プロペラ機に乗るのは初めてだったが、予想通り、レシプロエンジンの音と振動がいかにも力強く、1時間ほどのフライトを楽しむことができた。
 北に進むにつれ、眼下はただただ真っ白になり、森も湖も見分けがつかなくなった。ときどきまっすぐな長い道があり、どこへ向かうのか車が走っているのが見えたりした。
 ちなみに、機内で出された軽食は「Sweet Morning」という棒状マフィンだった。こっちに着いてから、食べるものというと「甘い」か「味がない」のどちらかだったが、今回は「甘い」だった。先が思いやられた。

 フォートマクマレーに到着すると、まっすぐホテルに向かった。
 観光地でないはずなのに、やけに立派なホテルだ。
 今日は午後から市内観光ツアーに参加する予定だったので、昼過ぎまで仮眠を取った。朝早く起きたのでもう昼過ぎのような気分だが、実際はまだ9時すぎ、しかもまだ朝日は昇ってこないので、時差ボケとの相乗効果で時間の感覚がめちゃくちゃになっている。窓の外はショッピングセンターの駐車場。巨大なカラスがたむろしていた。
 昼前に目を覚まし、頭をスッキリさせようとコーヒーを飲むことにした。戸棚からカップを取り出し、念のためすすごうとしたが、カップは非常に汚かった。おそらく前の客が飲んだまますすいでもいない様子で、日本のホテルのように「消毒済」という袋に入っているのもどうかと思うが正々堂々と胸を張って「未洗浄」と主張してるのもどうかと思うぞ。

 市内観光と言っても、そんなに見るところがあるわけではない。この町の主要産業であるオイルサンド採掘場と、バッファロー牧場を見るくらいだ。正直言って期待していなかったが、これがとても良かった。
 すべてはっきりと覚えているわけではないが、聞いたことを列挙してみる。ガイドが日本語の日本人だったので、たぶんそれほど大きく間違ってはいないだろう。

 ・オイルサンド(砂混じりの原油)の存在は、1920年代から知られていたが、使い道がないとされていた。1970年台に入り、お湯を使ってオイルサンドから原油を分離・抽出する方法が開発されてから、注目されるようになった。
 ・オイルサンドは、いま最も注目されている石油資源である。埋蔵量は、全世界で確認されている原油埋蔵量と未確認の原油埋蔵量を足したものの半分ほどにもなる。(このへん、ちょっとあやふや)
 ・フォートマクマレーには、海外からビジネスマンが多数押し寄せるので、立派なビジネスホテルがある。(なるほど)
 ・オイルサンドの会社は儲かっていて、その儲けで数が減っているバッファローの保護を行っている。(偉いな)
 ・オイルサンド関連の社員は、給料が公務員の3倍(月60万円)くらい。だから、オイルサンド社員が多く住んでいるフォートマクマレーは物価が高い。
 ・フォートマクマレーがあるアルバータ州はオイルサンドで儲かっているので、州税をとらない。(カナダで買い物をすると、通常は8%の国税と7%程度の州税をとられる)

 といったところだろうか。ついでにカナダについて、あまり知られていない暗い部分についても教えてくれた。

 ・バンクーバーなどの都市では麻薬問題が深刻だ。注射器の使い回しによるエイズ感染を防ぐため、市役所に行けば注射器が無料で配布されている。
 ・カナダというと自然を守っているというイメージがあるが、ゴミはなんでもかんでも集めて燃やしてしまえと考えているし、燃えないゴミもあちこちに埋めている。ただ、国土が広いので目立たないだけだ。

 とかく市内観光というとあっち見てこっち見て写真だ土産だきゃあきゃあわあわあというイメージがあったが、今回のガイドはとても貴重な話を聞かせてくれた。もともと環境の勉強をするためにカナダに渡ってきた人だそうで、純粋なツアーガイドとは視点が違うのだろう。とても勉強になった。

 その夜は、雪が降った。
 それでも万に一つの可能性に賭けて、観測ツアーは決行された。
 数時間のツアー中、雪はやんだが雲が切れることはなかった。ガイドは、この雲の上ではオーロラが出ているはず、と言っていた。それが真実かどうかは確かめる術がない。
 1夜目に続き、2夜目もオーロラを見ることはできなかった。