肉とビールの大ドイツ

第10話 6日目
恐ろしいからその店には行かない!


 6日目、9月21日。
 午前中、世界遺産・ビュルツブルグのレジデンツ(司教館)を見学した後、アウクスブルクに向かう。この道のりは、ロマンチック街道と呼ばれている。途中、いくつかの古い街に立ち寄る予定だ。
 まずは昼すぎにローテンブルクに到着。ここは、街自体は古いけれど、第二次世界大戦で古い建物はほとんど破壊されてしまったので、それっぽく作り直した街だ。生搾りリンゴジュースが名物だというので、屋台を見つけて飲んでみる。確かに旨いけれど、青森のシャイニーアップルジュースも負けないくらい旨いのでここは引き分けとしよう。
 さて昼ごはんはどうしようか…と迷っていると、またツマがシュネーバルを食べようと言い出した。たぶんツマの頭の中にはドイツ中の名物がすべて記録されており、街に着くとこの街ではこれが名物であるので食べよう、とサッと出てくるのだ。
 シュネーバルとは、幅2〜3センチの帯状のクッキー生地を直径10センチ位の団子状に丸め、揚げたものだ。仕上げに粉糖やチョコレートでコーティングする。シュネーバルとは雪玉という意味で、なるほど粉糖で仕上げたシュネーバルはまさに雪玉だ。おやつと言えばおやつなのだけれど、かなり食べ応えがあるので少し軽めの昼食にちょうどいい。コーティングの種類がとても多いので迷ったけれど、おそらくこれが全てのシュネーバルの原点なのだ、という粉糖とストロベリーの2つを選んだ。もちろん、ツマと半分ずつ食べる。とても素朴な味ではあるけれど、揚げたてのシュネーバルは、これもまたとても旨いのだった。
 リンゴジュースとシュネーバル、2つの名物を堪能した僕らは、もうここには用はないとばかりに次の街に向かう。
 次の街のディンケルスビュールは、雰囲気はローテンブルクに似ているけれど、この街は奇跡的に戦火を免れたので建物はすべて本当に古いものだ。風情があるので観光地にはなっているけれど、ローテンブルクよりも生活感があって、生きている街だな、と感じた。駐車場がないのでそこらじゅうに車が駐めてあり、無理に中世感を演出するのではなく、まさに「古い街に人が住んでいる」という雰囲気なのだった。とはいえこの町には名物の食べ物はないようで、ツマがアレを食べようと言い出すこともなく、僕らはこの街を後にしたのだった。我々は大ドイツ旨いもの食いまくり団なので旨いものがない街には用がないのである。
 さらに南下し、午後5時を過ぎたあたりでネルトリンゲンに到着。ここは『進撃の巨人』のモデルになったと言われている街で、街全体が高い塀で丸く囲まれている。教会の塔から見下ろすとよくわかるのだそうだ。
 街の外の駐車場に車を駐め、徒歩で塀に開けられた門をくぐる。中は何と言うこともない街で、それほど観光客が多いというわけでもなかった。確かに古い街ではあるけれど、これという観光スポットがあるわけではないのだ。僕らも、たまたま宿泊地に向かう道の途中にあったので休憩がてら寄ったのだよ、という程度だった。
 塔のある教会に着くと、そこは工事中だった。これはよくあることで、とにかく古い建物ばかりなのでいつでもどこでもとにかく何かしら修理しているのだ。塔の入口は…と行くと、既に閉まっていた。ガイドブックによるとまだ登れるはずの時間だったけれど、ガイドブックが常に最新の正しい情報というわけではない。僕らはネルトリンゲン唯一の観光スポットを寂しく後にした。
 と、その時。子供の団体が歩いて来た。特に珍しい光景ではないけれど、僕にはある予感があった。その団体が、どうも教会のほうに向かって歩いているようだったのだ。そこで僕は、これはひょっとしたら塔に登るのかもしれないと、まったくなんの根拠もないけどツマにそう言って、団体の後をついて行く。するとどうだろう、団体はまるで僕が操っているかのように教会に向かい、さっきとは別の入口から入って塔に登り始めたではないか。僕とツマはニヤリと頷き、子供たちの後について塔の階段を登り始めた。そういえばまた入口で集金されなかったな…と思ったが油断はできない。ドイツの登る物というと、登り始めてもう引き返すわけにいかないというところで集金されるものだからだ。
 案の定、半分ほど塔を登ったところに塔の番人がいて、キッチリキッパリと2人分6ユーロ(780円)徴収されたのだった。しかしその後てっぺんまで登って街を見下ろすと、登り初めは無料と思わせておいて引き返せなくなったあたりで料金を徴収されるという極悪非道な酷い目に遭ったことは忘れてしまい、その風景に見入ってしまった。眼下に広がるのは赤茶色の三角屋根、ずっと向こうに街をぐるりと取り囲む塀、そしてその塀の外側には無限に広がる畑。塀の外には近代的な白いビルもあるけれど、高さが規制されているのか高くある必要がないからか、塀の内側の家々と高さはあまり変わらないようだった。
 塔を降り、観光案内所のようなところに寄る。いちおう、お土産品があるようだ。僕は売っているんだかただ置いてあるんだかわからないハットピンを手に取り、自分用の土産にすることにした。いやだなあ、ちょっと帰りそびれたらなんだか得体の知れないアジア人が来たなあ、といった雰囲気の案内所のお兄さんにこれはいくらかと聞くと、彼はしばらく悩んだ後で、「んー、1.5ユーロ(195円)」と言った。そんなに安いはずはない、なにかの間違いではないのか、そもそもなぜ「はてさていくらにしたものかな」といった風に悩むのだ、と思ったけれど、僕は素直に代金を払い、ピンを手に入れたのだった。
 さて、すっかり長居をしてしまった。もう午後6時を回っている。ネルトリンゲンを後にして、アウクスブルクに向かう。アウクスブルクに今日の宿を取ってあるのだ。ロマンチック街道を南下する。
 しかしどうだろう、30分ほど走ったところで、道路がぷっつりと途絶えていた。いや、道はあるのだけれど、工事用のバリケードで封鎖され、通れなくなっていたのだった。タブレットで地図を見ると迂回できるような道があったが、行ってみると結局はどこも最後は通行止めになってしまった。家はたくさん並んでいるけれど、人は一人として歩いていない。僕は焦りに焦り、あっちへ行きこっちへ行きと走り回ったが結局はどこも行き止まりになってしまう。やっとガソリンスタンドの店員らしい若い男を見つけ、彼はああ今日も客が一人も来なかったどうしよう…とうなだれているようだったけれど構うものか、とっ捕まえて、アウクスブルクへ行きたいのだと言った。すると彼は、まいったなと頭を掻いた。店員やホテルのスタッフではない一般のドイツ人の英語レベルは日本人と同じくらいだという。つまり、いきなり英語で話しかけられると気が動転して「ノーノー!アイアムノーイングリッシュ!」などと言ってしまうのだ。しかもこのような観光地でもない街、日本人というか外国人を見ることもほとんどないのではないだろうか。彼はどうやってこの場から立ち去るかだけを考えているようだった。しかしそんなことには構っていられない、僕は「アウクスブルク! アウクスブルク!」とタブレットの地図を指さした。彼はアウクスブルクという地名で悟ったらしく、「25号線…」と呟いた。よし食いついた!と僕は「そうそう!25号線!」とまくし立てる。けれど彼は少し、いやとても困ったように、「25号線…閉まっている…」と呟いた。そんなことはわかっている、25号線が通行止めだから我々はこんな状況に陥っているのだ。彼は続けて、「下る…下る…」という。「下る? 何を?」と聞いてもあまりはっきりした答えは返ってこず、「とにかく…下る…」というまったく信頼できない彼の言葉に、僕はもうこれ以上彼に関わっても時間の無駄だと悟り、簡単な礼を残して車を出した。
 もう一人くらい住民がいないものか…と走り回っていると、釣りを終えて家に帰るらしい老人がいた。僕はすかさずハンドルをツマにまかせて車から飛び降り「アウクスブルクに行きたいのだ!」と告げる。老人は「25号線を…」と答えかけたが、僕が「どいつもこいつも物のわからぬ奴らめ、25号線は通行止めなのだ!」と言うと、老人はハッと気づいて僕と同じように「25号線は通行止めなのだ!」と言った。そして僕に鋭い視線を向けると、「レフト! ライト! ブリッジ! レフト! ゴー!」とラリーのコドライバーのように簡潔明瞭に僕の進むべき道を指さした。しかし、25号線は通行止めなのだ。ゴーと言われてもゴーできないのではないのか、と戸惑う僕に、老人はもう一度、今度はさらに力強く、「レフト! ライト! ブリッジ! レフト! ゴー!」と繰り返した。僕にはこれほど自信を持った人を疑うことはできない。この人に従えば多分大丈夫なのだ! 僕は老人の手をがっしりと握って、ダンケシェンダンケシェンと繰り返した。老人の手はグローブのようにとても大きく、そしてとても温かかった。
 老人に従って、レフト! ライト! ブリッジ! レフト! と走ってみると、結局は通行止めのようなバリケードが現れた。なんだダメじゃないか…と一瞬落胆したけれど、反対側から車が来た。ということは道は繋がっているのだろうか。迷っていると、頭の中で先ほどの老人が「ゴー!」と叫んだ。その瞬間、僕はアクセルをグイと踏み込む。リアタイヤが空転し、白煙が上がる。いやこの車は前輪駆動なのだけれど、どうせ白煙を上げるなら後輪の方がかっこいいではないか。もう迷いはない、とばかりに車は強烈に加速し、瞬く間に制限速度より少し遅い安全な速度に到達した。その後は道が突然途絶えることもなく、1時間ほどでなんとかアウクスブルクに着いたのだった。
 やがて、今夜の宿、B&Bホテル・アウクスブルクが見えてきた。しかし、ここを右折すればというところは工事で通行止めになっていた。通り過ぎるとホテルがどんどん遠くなる。やっと右折できるところを見つけ、ひと安心したけれど道がいりくんでいてなかなかホテルに近づけない。なんとか駐車場まで辿り着いたのは午後8時を過ぎた頃だった。
 そこは近代的な作りの、日本で言ったらスーパーホテルのような安くて清潔なホテルだった。ロビーには珍しく自動販売機が並んでいて、スナックなどが買えるようだった。B&Bなので朝食を付けられるのだけど、僕らは翌朝早く出るつもりだったので素泊まりにした。
 8時を過ぎているので、早いところ晩ごはんにありつきたいところだ。けれどこのホテルは市街地から離れたところにあるので、車を置いて路面電車に乗って街に向かった。僕らの晩ごはんというのは、酒がなければ始まらず、終わらないのだ。車でなんか行くわけにいかないのだ。市街地に着き、細い路地を抜け、バウエルンタンツというレストランに入る。なぜツマはこんな奥まった場所にある地味な店まで把握しているのだ。僕は少し恐ろしくなったけれど、恐ろしいからその店には行かない!などというわけにも行かず、おとなしくツマに従った。
 時刻はすでに午後9時半。レストランにはほとんど客がいなかった。僕はアウクスブルク・オリジナルビール、ツマは白ビールを注文する。食事はとろけるチーズがかかったパスタにした。ビールは旨いしパスタも旨い。今日は道が閉鎖されていたりホテルになかなかたどり着けなかったり、街まで路面電車で移動したりと大変だったけれど、おいしいビールと料理ですべて報われた気がした。まったく、どこで何を飲み食いしても旨いというのはどういうことなのだ。
 午後11時半頃、やっとホテルに戻った。明日はいよいよ最後のドライブだ。


もくじ
第 1話 1日目@ 松戸駅からバスで帰ってくるのとは訳が違うのだぞ
第 2話 1日目A イメージ的にそういう音がした方が格好いいのだ
第 3話 1日目B あなたが生まれ育ったマインツは雨が降って最悪な街ですね
第 4話 2日目@ なんだかんだと言い訳をしてビールを飲まないつもりなのだ
第 5話 2日目A 特にそのためにドイツに来たわけではないですよ
第 6話 3日目@ 文句があるなら理事長も一度食べてごらんなさい
第 7話 3日目A 隣にアジア人が座っていても動じないのだ
第 8話 4日目  スパーンと抜かれたりするのだった
第 9話 5日目  やれやれ仕方ない、と最も高いワインを注文する
第10話 6日目  恐ろしいからその店には行かない!
第11話 7日目  あらまあロマンチックねえと言いたくなる気持ちはわかる
第12話 8日目  たぶん5〜6人は薙ぎ倒せるんじゃないだろうか
第13話 最終日  あなたが表示されたので大変困っています