肉とビールの大ドイツ

第11話 7日目
あらまあロマンチックねえと言いたくなる気持ちはわかる


 7日目、9月22日。
 アウクスブルクからロマンチック街道を100km南下し、午前9時過ぎにホーエンシュバンガウに到着。ここには、ドイツの端っこにあるにもかかわらずドイツ観光の定番中の定番、ロマンチック街道の突き当たりつまりは究極のロマンチックともいえるノイシュヴァンシュタイン城がある。
 駐車場に車を駐め、チケットセンターで当日券を購入する。予約しておけば並ばずに済んだのだけれど、自分の車で行くので何時頃になるかわからないから、と予約はしなかった。幸い、チケットセンターはそれほど混んでおらず、けれどチケットに示されている入城時刻は11時45分となっていて、まだ2時間もある。もうずいぶん先客がいるようだった。ちゃんとした朝ご飯は食べていなかったので、チケットセンター近くの小さなヴルスト屋で軽く済ませた。
 城に行くには、かなりの坂を登らなければならない。しかし2.6ユーロ(338円)で乗れるバスが出ているので、そのチケットも購入。城の前の広場に着き、しばらく待つ。広場には電光掲示板があり、自分のツアーまであとどのくらいか知ることができる。こんな、と言ったら失礼だけれど、こんなロマンチック街道のどん詰まりの端っこにあるくせに、妙にシステマチックで現代的なのだ。
 やっと時間が来たので、改札を通って城に入る。しかし中はなんということもない城で、特に見所もないのだった。内部はほぼ撮影禁止で、思い出に残ることもない。ただ一つ、城の中にある土産屋でツマが買った小さなヴィクトリノックスのナイフだけが残ったのだった。ノイシュヴァンシュタイン城は外から見るだけで充分、というのが正直な感想だった。
 午後2時近くになって、麓まで降りてきた僕らは遅めの昼食を摂ることにした。人が集まるところなので当然のようにレストランがある。少し時間が遅いけれど、それでもほとんど全ての席が埋まっているようだった。僕は車の運転があるのでノンアルコールビールで我慢するけれど、ツマは羨ましそうに上目で睨む僕に遠慮することなく白ビールを注文し、グビリと飲んだ。ツマはビールは苦手だけれど、白ビールは好きなようだ。逆に僕は白ビールのスッキリ爽やかした味とツンと華やかな香りが苦手で、どちらかというとどっしりとした苦いビールの方が好きだ。食事は、このバイエルン地方の名物、グラーシュというビーフシチューにした。バイエルンの象徴、白と水色の菱形で彩られた小さな壺のような器で供されるそれはまさに絶品、こんな観光地に寄生しているレストランなどちゃんちゃらおかしくて、などとは決して言えない、本格的な本物の名物料理なのだった。ここでもまた、僕らはとんでもなく旨い料理を堪能したのだった。だけどねえやっぱりビール飲みたいよビール。
 さて、今日はレンタカーを返すためにミュンヘンまで行かなければならない。僕らは少し名残惜しく思いつつ、ノイシュバンシュタイン城を後にした。途中、振り返ると遠くにその城が見える。それは確かに白く美しい。すらりと佇む姿を見れば、なるほどあらまあロマンチックねえと言いたくなる気持ちはわかる。けど実はあれは妙にシステマチックで現代的、決してロマンチックなんかじゃないのだ。
 途中、のどかな丘陵地帯を抜け、ヴィース教会に立ち寄る。行ってみるとそれは小さく地味な教会で、なぜこんな所にわざわざ寄るのかと思ったけれど、中に入ってその理由がわかった。内部の装飾が、とんでもなく豪華で美しいのだった。白を基調とした壁面や天井に、淡い色彩で宗教画が描かれている。なるほどこれは一見の価値がある、と僕は頷いた。
 ヴィース教会を後にすると、あとはまっすぐミュンヘンに向かった。さっきまで穏やかな景色だったのに、突然都会になり緊張する。車の量が急に増えたなと思うと、道路は何車線にも広がり、都市の地下をくぐるようにトンネルになったりしているのだった。僕は、あっ、あっ、ちょっと、あっ、と圧倒されながら、なんとか目的の横道に入ることができた。ドイツのドライバーはみな大人で、こちらが慣れない左ハンドルで多少まごついても嫌がらせなどしないのだ。東京の首都高では運転しているのがみな目を三角に尖らせたコドモばかりなので、ちょっとモタつこうものなら間髪入れずクラクションを鳴らしパッシングをし、後ろからガツンガツンと突いたあげくに追い抜きざま怒鳴ったと思ったらものすごい勢いで走り去り、少し行ったところで渋滞に捕まっていたりするのと比べると恥ずかしくなってしまう。
 ロンドンではレンタカーを返す直前にガソリンが尽きそうになりヒヤヒヤしたが、今回は途中何度か給油したので余裕がある。事前にgoogleストリートビューで調べてレンタカー屋の隣にガソリンスタンドがあることはわかっていたので、そこで最後の給油をし、レンタカー屋の駐車場に車を駐めた。距離計をみると、1119.5kmとなっていた。ずいぶんと走ったものだ。僕らは5日間一緒だった車と別れるのが少し寂しかったけれど、そのままこの車を買い取ってユーラシア大陸をひたすら東に走り、海にぶちあたったらウラジオストックからフェリーに乗って新潟に渡り、そのまま関越道を抜けて首都高を経由し松戸の自宅に到着!というわけにもいかない。気分を切り替え、電車でホテルに向かうことにした。幸いなことに、切符の買い方はまだ覚えていた。
 ホテルにチェックインすると、さすが1泊3万円、というほどではないけれど、きれいでベッドも広かった。薄汚れた埃っぽい小さなベッドで最後の夜を過ごさずにすみそうだ。
 荷物を置くと、晩ごはんを食べに行こう、と地下鉄に乗りマリエンプラッツ駅へ。このあたりはミュンヘン観光の中心になっている。さてどこで何を食べようかなと考える間もなく、当然のように「ハクセンバウアーに行くのだ」とツマが言いだした。またデータベースが発動したのだ。どうなっているのだ。
 その店は、ハクセという豚肉料理で有名なのだそうだ。店頭では、さあどうだ旨そうだろう!と通行人に見せつけるようにたくさんのハクセを焼いている。ほんの少し待たされたけれど、すぐに席に案内されたので迷わずにハクセとビールを注文した。まもなく供されたそれは、豚のすね肉をパリパリに焼いて、マッシュポテトとザワークラウトを添えたものだった。見た目からして、ビールに合わないわけがない。いやそもそもこの国の料理はすべてビールを旨く飲むために進化してきたのではないか。ビールが肉を旨くし、肉がビールを旨くするのだ。普段は苦いからとあまりビールを飲まないツマも、もう人が変わったかのようにゴックゴックとビールを飲み、ムッシムッシと肉を食っている。今日もまた、大満足な肉とビールの夜なのだった。


もくじ
第 1話 1日目@ 松戸駅からバスで帰ってくるのとは訳が違うのだぞ
第 2話 1日目A イメージ的にそういう音がした方が格好いいのだ
第 3話 1日目B あなたが生まれ育ったマインツは雨が降って最悪な街ですね
第 4話 2日目@ なんだかんだと言い訳をしてビールを飲まないつもりなのだ
第 5話 2日目A 特にそのためにドイツに来たわけではないですよ
第 6話 3日目@ 文句があるなら理事長も一度食べてごらんなさい
第 7話 3日目A 隣にアジア人が座っていても動じないのだ
第 8話 4日目  スパーンと抜かれたりするのだった
第 9話 5日目  やれやれ仕方ない、と最も高いワインを注文する
第10話 6日目  恐ろしいからその店には行かない!
第11話 7日目  あらまあロマンチックねえと言いたくなる気持ちはわかる
第12話 8日目  たぶん5〜6人は薙ぎ倒せるんじゃないだろうか
第13話 最終日  あなたが表示されたので大変困っています