第2話 1日目@・鈍色の空JL761便が予定通り8時間半のフライトを終えようとするころ、機内に機長のアナウンスが流れた。 「えぇ、ハァ…、本機まもなくブリスベン空港に到着いたします。ハァ…、情報に寄りますとぉ、ハァ…、現地の天候は雨、ハァ…、気温は摂氏17度ということです。ハァ…」 ![]() 入国審査を終えて空港の外に出ると、着陸前の機内アナウンスでは雨ということだったが、地面が濡れているだけで雨は降ってはいなかった。空は曇っており、気温はこの時期の東京と同じくらいで、少し肌寒い。 ブリスベンからゴールドコーストまでは70kmほど離れているが、バスで移動する。バスから見た風景はとても広々と落ち着いていた。僕はしばらく車窓の風景を楽しんでいたが、飛行機の中で眠れなかったので、いつのまにか眠ってしまっていた。 あとから聞いた話だが、エフはあまり眠れなかったらしい。後ろの席に座っている人が背もたれの腰から肩の部分にかけてぐいぐいと押してきて、マッサージチェアに座っている気分だったそうだ。エフはよくこういう目に遭う。映画を見ていてもシートを蹴られることが多いし、以前、電車の中で隣に立っている人が吊革から手を滑らせ、エフの頭をぽかりと叩いたこともあった。なんだかいろいろと災難を受けやすい人で、たぶん僕の避雷針になってくれているのだろうから気の毒だけれどとてもありがたい。 ところで、オーストラリアは広い広いとよく言われるけれど、具体的に日本と比べると面積が22倍、人口が約7分の1だから、人口密度は単純に計算すると150分の1くらい。広く感じて当然だ。また、ワインとビールの消費量が多く、特にメジャーブランドのVBとクイーンズランド州の地ビールXXXX(フォー・エックス)が有名だ。僕はXXXXのさらりするりとした飲み口が大好きで、今回もXXXXを飲むのが楽しみだった。もちろん日本でもXXXXは飲めるが、やはり地ビールは地元で飲むのが一番旨い。ちなみにXXXXにはXXXXとXXXX・BITTERがあるが、XXXX・BITTERはあまり好みじゃない。やっぱり、スッキリサワヤカ系のXXXXに僕は軍配を揚げたい。どうでもいいがXXXX、XXXXと何度も書き並べると伏せ字のようで少しイヤラシくなってしまうなぁ。 バスは2時間ほど走り、今回宿泊するコンコルドホテルに到着した。 チェックインは14時からだそうなので、夜まではレンタカーを借りに行ったり街をぶらついて過ごすことにしていた。とりあえずホテルのトイレに入ったあと、狭いロビーでエフを待っていると、ロビーの端にツアーのパンフレットがいくつか並んでいるのを見つけた。そのなかに、今回行こうと思っていたカランビン・ワイルドライフ・サンクチュアリのナイトツアーのものもあった。英語版だったが、それほど難しいことは書かれていない。「オーストラリアの動物の70%は夜行性だから、動物は夜見るべきである」とか、「すばらしくて忘れがたい経験をあなたは得られるであろう」とか、そんな誘い文句が書き連ねてあり、最後に「予約は14時までに行い、代金は14時半までに支払え」と書いてあったが、どこで予約し、どこで払えばいいのかわからない。直接電話するしかないかな、と思ったが、念のためホテルのフロントのおばちゃんに予約してもらえるかどうか聞いてみることにした。 おばちゃんは快く受け付けてくれて、カランビン・ワイルドライフ・サンクチュアリに電話をした。しかし、料金が1人あたり$61だという。確かガイドブックには$49と書いてあったので、ひょっとしてと思って聞いてみた。 「あのう、それってピックアップも込みなの?」 「ええそうよ」 「いやあの、レンタカーで行くので、ピックアップはいらないんだけど」 「あらまぁあらまぁ」 おばちゃんはイヤな顔ひとつせずにもう一度電話し、ピックアップなしに変更してくれた。大変親切な方である。結局、料金は$49となり、予定通りだ。これで、19時までに現地のメインゲートに行けばいい。残念ながら日本語のガイドはいないそうだが、まあ子供も来るんだしそれほど難しい言葉は使わないだろう。 夜の予定が決まったので、さっそく車を借りに行くことにした。ホテルの近くにAVIS、少し離れたところにバジェットがあることは、あらかじめ調べておいた。他にもローカルな安いところはあるが、万一のときのことを考えるとやはり大手の方が安心できる。特に今回は山の奥にも入って行くので、途中でトラブルがあっては困るのだ。 AVISに行き、予約してないけどとにかく安いのを貸してくれと言うと、安いのは無いという。いま用意できる車で一番安いのは1日あたり$77、さらに保険料が加わるのでかなり高い。予約しなくても大丈夫だろうとたかをくくっていたが、甘く見すぎていたようだ。僕はとりあえず他も見てみると言い残し、AVISを出て、バジェットに向かった。 すると、途中でSMARTという小さい車を貸している店があった。僕は小さい車が好きで、エフもSMARTはかわいいいから一度乗ってみたいと以前から言っていた。さらに、今なら半額、と書いてある。ちょっと話だけでも聞いてみようと店に入った。店主はなんとなくレンタカー屋というよりも早朝から牧場で黙々と働いるほうが似合いそうな朴訥な様子だった。値段を聞いてみると1日あたり保険料込みで$72だという。だいぶ安いが、あまり派手な車に乗るのは危険なこともあるかもしれないし、小さい車では長い距離を走るのが辛いかもしれないと思い、断ってしまった。店主があまりに早口で、何を言っているかよく理解できなかったというのも断った理由の一つではある。店主にはもうすこし外国人客に対する接客法を勉強してもらわねばならんな、と自分の語学力を棚に上げて憤慨しながら店を出た。 ![]() とにかく安いのを貸してくれというと、予約なしでいきなり来られても困るんだよねぇお客さん、といった表情で、マニュアル車なら用意できるが運転できるかと聞かれた。僕は普段マニュアル車を運転しているので問題ないと答えると、保険料込みで3日間$184、ただし走行距離は300キロまで、ということだった。300キロでは全然足りないので、無制限にしたらいくらかと訪ねたら$200だという。$16しか変わらないじゃないか。3日で$200というと、つまりは1日あたり保険料込み$66ということで、最初に見たAVISよりずっと安かった。 ナイトツアーが予約でき、レンタカーも安いのが借りられたので、僕は満足して車に乗り、ホテルに向かった。オーストラリアは右ハンドルの左通行なので、気楽だ。しかし、クラッチを踏むたびに左足の靴底がびらびらと床に引っかかってしまう。ホテルに戻ったら、サンダルに履き替えることにしよう。 |
|