第11話:2日目E・暗黒の密林


 カランビン・ワイルドライフサンクチュアリには、迷うことなく着いた。なにせこのあたりに大きい道はM1(高速道路1号線)の他にはこの●号線しかなく、トローラー・シーフードレストランもワイルドライフサンクチュアリもこの道沿いにあるので、大きな看板さえ見逃さなければ迷うはずがない。
 カランビン・ワイルドライフサンクチュアリの駐車場が見つからず、近くの住宅地の道路の駐車スペースに車を止めた。付近は人影もなく、こんなところに車を止めておいて大丈夫かと少し心配だったが、時間もなかったので駐車場を探すことはあきらめた。
 カランビン・ワイルドライフサンクチュアリの正面ゲートから入ると、係員が待っていた。「ナイトツアーか?」と聞かれたのでそうだと答えると、「まだ送迎バスが来てないので中で待っててくれ」と言われた。僕らはレンタカーがあるので送迎バスを断っていた。それだけで30ドル近く安くなるのだから当然だろう。やがてバスが到着し、日本人家族が1組、中国人のグループが1組、おそらく地元の人たちのグループが数組現れた。
 ある程度人が集まると、ガイドが蛇を連れて現れた。これはつまり蛇を首に巻いて写真を撮るのだなと思っていると、まさにその通りだった。僕は断ったがエフは写真を撮ってもらっていた。たぶん後で買わされるのだろうが、買わずに済むように僕のカメラでも撮っておいた。
 いよいよナイトツアーが始まった。
 僕とエフは、「いよいよこれから夜のジャングルに突入するのだ、もし朝になっても帰ってこなかったら捜索願を出してくれ、しかしついに僕らが帰ることがなかったとしても悲しむ事なかれ、僕らは永遠に君たちの心の中でこの大自然と共に生き続けるのだ...」と悲壮な決意を持っていたのだが、どうも周りを見るとみなわいわいきゃっきゃとお気楽である。僕は皆がこれから遭遇するであろう運命を思うと心を痛めた。なにせ夜のジャングルなのだ、この中から1人2人は凶暴な牙を持った得体の知れない動物の餌食になってしまうだろう。
 ガイドの後について、まずはいったん園から出て、道路を渡った反対側のゲートから再入園する。ゲートには厳重に鍵がかけられていた。ゲートをくぐると再びゲートは閉められた。ここから猛獣が逃げ出したらゴールドコースト中が大パニックになってしまうだろう。
 僕は両脇の木々の上に注意した。何者かが我々を狙っているやもしれぬ。襲いかかられてから気づいても遅いのだ。しばらく歩くと、突然ガイドが叫んだ。「ワニだ!」
 仰天である。木の上ばかり注意していたら、突然ワニが現れたという。一体どこから?
 ガイドの指さす方を見ると、そこにはワニがいた。ただし、川に潜むワニが襲いかかってくるというふうではなく、普通の動物園のようにワニプールがあるだけだった。僕は安堵した。なるほど、危険な動物はこのように仕切られていて、突然襲われるようなことはないらしい。では、コアラやカンガルーなどの愛くるしい動物を探すことにしよう。
 ガイドは、ワニについていろいろと説明していた。ガイドは英語でしかも早口なのでよく聞き取れなかった。とにかく今まで見つかった中で一番でっかいワニだよ、と言っていたような気がする。ガイドが肉を持ってきてワニに与えると、ワニはぐわっと食らいついた。
 ワニの後には小型のカンガルー、ワラビーが控えていた。ワラビーは放し飼いになっており、あちこちで勝手に歩いたり寝そべったりしているので自由に触れることができる。最初は後頭部を逆撫でして楽しんでいたが、やがてそれにも飽きるとすることがなくなってしまった。少し手持ちぶさたにワラビーの写真などを撮っていると、突然2頭のワラビーがケンカをはじめた。それだけならどうということもないのだが、もう1頭がまるでケンカを仲裁するように2頭の間に割って入ろうとしていた。小さな手を前に突き出している姿が、まあまあお二人とも・・・と言っているようで素晴らしい仲裁っぷりである。 やがてケンカをしているうちの1頭が仲裁に入ったワラビーにつかみかかり、なんだお前は関係ないだろうひっこめひっこめと怒鳴った。仲裁ワラビーは初めのうちはイヤイヤちょっと落ち着きなさいよなどとなだめていたけれども、さすがにとばっちりを受けたことに腹が立ったのかとうとうケンカは三つどもえになってしまった。ワラビーの社会もいろいろと面倒なのかと一瞬思ったが、そんなわけない。
 その後も園内をあちこち連れ回されたが、どうも想像していたようなナイトツアーではない。もっとこう、夜のジャングルを周囲に細心の注意を払いながら荒々しく突き進むのかと思っていたが、これじゃただの夜の動物園めぐりだ。コアラもいたが、オーストラリアとしてはきわめて平凡な動物なので、家に帰る途中に道を横切る猫に出会った時よりも感激は薄かった。なにより、前回オーストラリアに来たときにすでにコアラダッコが経験済みだったのだ。
 でもまああのギラギラゴミゴミのゴールドコーストの街を練り歩くよりはいいよな、と思っていたところ、僕らは突然小部屋に連れてこられた。その小部屋は、博物館の入り口、おいおい1400円だってよ入ろうかどうしようかと悩むあのあたり、と考えてもらうとわかりやすいかもしれない。もしわかりにくかったら、単純に10メートル四方で1面がガラス張りの部屋、と考えていただければいい。僕らは何の説明もなくそこに連れてこられ、いくつか並べられた場外乱闘用の椅子に座らされた。
 しばらく待っていると、褐色の肌をし、上半身裸で原住民アボリジニの雰囲気を微妙に醸し出そうとしている(たぶん)大学生が数名現れた。アボリジニのダンスを披露してくれるそうである。本来なら屋外でたいまつ等に照らされながら古代より伝わる踊りと歌を披露するのだろうけれど、今日は小雨が降っているので屋内なのだ。傘もいらないくらいの雨なのに神経質だな、と思ったが、少しの雨でも褐色の肌に影響が出てしまうのかもしれない。たとえば、茶色い汗が流れて肌が白くなる、とか。アボリジニ風大学生は、「これは我々がイルカと協力し合いながら漁をする様子を表したダンスだ」「これは鶴のダンスだ」など、ひとつひとつ説明しながらディジャリドゥーの伴奏にのって踊り歌った。ゴールドコースト大学アボリジニ文化保存研究サークル(と勝手に命名)の面々はなかなか良い活動をしているようだ。
 しかしこのとき、実は僕はアボリジニのダンスどころではなかったのだった。