第10話:2日目D・桃色のレストラン
(僕の名誉のために控えめに言えば)多少、道に迷ったが、トローラー・シーフードレストランにたどり着いた。
このレストランはどのガイドブックにも載っている人気店で、予約必須と言われている。建物全体が船の形で、ピンク色をしているから車で来てもすぐ見つかる。
店に入ると、さすが人気店、ディナーには少々早いというのに広い店内は満員、あちらこちらからにぎやかな笑い声が響き、予約をしていなかった僕らは入り口で追い返されてしまうのかと覚悟していたが、実際は客はほとんどいなかった。せいぜい閑古鳥が数羽鳴いているくらいだ。僕らは大いに拍子抜けし、窓際の席に座った。べつに窓からの眺めがいいわけではないが、なんとなく端っこに寄りたかった。寂しかった。
席に着くとウェイターがメニューを持ってきた。僕が日本語のメニューはないかと尋ねると、彼は「日本語ね...」とつぶやきながらカウンターの裏から持ってきた。手渡すときに「日本語メニューは少し高いから、オーダーするときはこっち(英語版)でしなさい」と言ってくれた。一見親切なようだが、つまりはボッタクリが日常的に行われているのだ。僕らがボッタクリの対象にならなかったのは、この店が閑古鳥に襲われている最中に現れた僕らが救世主のように見えたからだろうか。
この後はカランビン・ワイルドサンクチュアリに行かなければならないので、あまりゆっくりしてはいられない。僕はバグ、エフはエビのプレートを、そして2人で分けようとサラダを1つオーダーした。バグというのがどういうものかわからなかったので店員に聞いてみると、メニューの表紙の写真を指さし、これだ、といった。カニとザリガニの中間のような姿をしている。それなら、たぶんカニとザリガニの中間みたいな味なんだろう。
ほどなく、それぞれの料理が運ばれてきた。例によってすごい量だ。僕のプレートにはまっぷたつに切られた手のひらサイズのバグが3匹ほど、ずらりとならんでいた。エフのプレートには、なんだかスープの入ったボウルが2つとご飯が連なっている。サラダは山のようで、テーブルの向こうにいるエフの姿が見えないほどだ。いやそれは大げさだが、イメージ的にそんな感じ。
僕がフォークでバグをほじっていると、さきほどの店員がやってきて、いやいやこうするんだと身の取り出し方を教えてくれた。うまい具合につるんと取り出せる。噛んでみると弾力があり、カニっぽくはない。ぷりぷりとしたエビのような歯ごたえだった。味はあまりしないので、ソースにどっぷりと浸けて食べてみたがこのソースは極端にしょっぱかった。この国には程度をわきまえるとか微調整とかいう言葉がないようだ。
エフが妙な表情をしているので聞いてみると、エビの入ったガーリックスープに味がないという。一口飲ませてもらったが、ニンニクの香りがかすかにするだけで、確かに無味だった。まあオーストラリアといえばイギリス系だもんな、人気店とはいえ、食事はこんなもんだよな、と、僕らは肩を落としつつ食事を進めた。
食べ終わると、デザートとコーヒーが運ばれてきた。ちゃんとした食事の後にケーキとアイスというのは食べ過ぎではないだろうかとも思ったが、まるまる残すのももったいない。食べることにした。しかし、そろそろ店を出ないと、ナイトツアーの集合時間に間に合わない。デザートが付いていたのは僕のオーダーしたセットだけだったが、エフに指をくわえてじっと眺めさせておくわけにも行かなかったので、2人で協力して平らげた。きっと周りからはガツガツ慌ただしく食事するなんて日本人はホントにもう、と見えたかもしれないがこっちにはこっちの事情があるのだ。まあ先ほども書いたように店員の他には閑古鳥が数羽いるだけだったから、さほど日本の国際的な立場には影響がなかったと思えるがもし国民の皆様になにかしらの悪影響があったらこの場を借りてお詫び申し上げます。
僕らは食べ終わるとすぐに席を立ち、支払いを済ませてカランビンに向けて出発した。
カランビンまでは約20分、なんとかギリギリ間に合うかな、という時刻だった。
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