第5話:1日目C・茶色い食事スプリングブルック国立公園を後にした僕らは、サーファーズ・パラダイスに向かった。 97号線を北上し、東に向かう90号線に合流し、さらに20号線に乗れば、サーファーズ・パラダイスを通る2号線、ゴールドコースト・ハイウェイに出るはずだった。 しかし、途中で道に迷ってしまった。オーストラリアの道はアメリカ等と同じで、何号線から何号線、とあらかじめ地図で調べた番号通りに進んで行けば目的地に付くことができる。しかしいったん道を外れてしまうと、もうまったく自分がどこにいるのかわからなくなってしまう。さらにオーストラリアはほとんどの交差点がロータリーになっていて、簡単に方向感覚を失う。僕らは、今どこにいてどこに向かっているのか、さっぱりわからなくなってしまった。 ![]() 昼間もそうだったが、どうにもこの街は食べるところを見つけにくい。特に夜なので、どの店も昼間とはまた違った雰囲気になっていてどうにも入りづらい。この国に来て初めての夜なので、ちょっとしたことにもオドオドしてしまう。結局、1時間近くうろついたあげく、カフェでビールなどを飲みつつ軽くつまもうか、ということになった。 客も少なく、やや入りやすい「ミッキーズ・カフェ」を選んだ。メニューを見ると、どうもどれがどんなふうでどのくらいの量なのか、まったくわからない。写真くらい載せておくべきだと思うのだが、「日本人は目でも食べる」と言われるとおり、写真を見て「ああこれは旨そうだ」なんて思うのは日本人特有の感性なのだろうか。 やがて店員がオーダーを取りに来たので、僕はXXXX、エフはスピリッツの類をオーダーした。エフはビールが飲めないので、旅先ではいつも困ってしまう。日本中どこにいっても、席に着いたらとりあえずビールビールもしくは酎ハイ酎ハイとわめいていればなんだか幸せになれるのだけれど、ビールは飲めないし酎ハイもないので選択肢が狭い。 店員はすぐに飲み物を持ってきた。そして、食い物はどうするかと聞く。僕らはまだ食べるものを決めかねていた。なんと言っても今日4度目の食事なのだし、軽めのつまみ程度にしておきたい。しかし、メニューをみてもそれぞれどの位の量なのかはさっぱりわからない。とりあえず、フィッシャーマンズバスケットという、とりあえず海の幸を寄せ集めてみました、というようなものを1つだけオーダーした。はじめから勝負に出るよりも、もし足りなければ追加注文するという方が利口だ。 久しぶりのXXXXを味わいながら、僕とエフは今日1日を振り返りつつ、割と物価が高いねぇとか食べ物がどうもねぇとかこの店はあんまりはやっていないようだねぇなどと、たぶん店員は日本語を聞き取れないだろうけれどなんとなく小声で悪態をついていた。 10分ほど待ったが、どうも料理が運ばれてくる気配がない。それどころか、店員は店先のメニューボードを片づけたり、表の席のパラソルをたたみ始めた。おいおいこれは少しまずい状況なのではないか。どうも僕らのオーダーは忘れられていて、ビール一杯で粘ってないで早く帰れよこのやろう、とか思われているのではないか。厨房をみると、しかしかすかに湯気か煙のようなものが見える。何かを作っているのか、いや油断するな煮沸消毒かもしれないぞと、僕とエフはさらに小声になって、眉間にしわを寄せながら顔を近づけ、店内のあちこちを指さしながらひそひそと話す。たいへん怪しい外国人である。厨房ではさらに後かたづけが着々と進行し、店員は床に敷いてあったゴムマットのようなものまで持ち上げ、丸めてしまった。彼が調理しているのであればぜひ念入りに手を洗っていただきたいが、残念ながらカウンターで彼の手元は見えず、手洗いが行われたかどうかは定かではない。 XXXXを不覚にもちびりちびりと半分ほどまで飲み、これはいよいよ追いつめられたな、と思い始めたころ、チンチンとベルが鳴った。調理が済んだので接客担当員は速やかに配膳せよ、という合図だ。すぐに、見た目は野獣風、でもホントは心優しいいい子なのよといった感じの店員が料理を運んできた。この野獣店員はさっきまでいなかったようだが、オープンカフェ風のこの店のどこに隠れていたのだろうか。野獣店員は、そのキャラクターを十分に活かし、「フィーッシャァーマァーンズ・バァースケェッットォ!」と叫んで皿をおいた。僕は、おそるおそる聞いてみた。 「あの、ひょっとして、もう閉店?」 野獣店員は、くわっと目を見開き、言った。 「リラァーックス!リラァーックス!ウワーハァーハァーッ!」 ![]() ナイフを入れてみると、ある程度までは、くにゃりと刺さる。しかし、何か堅いものがあるようだ。どうしても切れないので、あきらめてフォークですくってみた。 それは牡蛎フライだった。ふつう牡蛎フライというと、殻からはずしは身だけに衣をつけ、こんがりと香ばしく揚げるので、ひょいぱくと気軽に食べることができる。しかし殻ごと揚げられたこの牡蛎フライはそういったカジュアルスタイルは決して許さず、ナイフとフォークでお行儀よく伝統的上品フォーマルスタイルで召し上がらなければならないざます。他にはエビやイカ、貝柱など盛りだくさんで、正直うんざりしながらもやはり海辺の町で食べるシーフードは旨く、何とかほぼ完食にこぎ着けたのは22時半頃だった。 支払いを済ませてレシートを見ると、やはりフィッシャーマンズ・バスケットは1つとなっている。牡蛎などが2つずつ入っていたのが1人分なのか、最後の客だからとサービスしてくれたのかはわからなかった。 店を出た僕らは、コンビニに立ち寄って明日の朝飲む牛乳を買い、酒屋で酒を買ってホテルに戻った。 |
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