第4話:1日目B・白い光土ボタルツアーのパンフレットを見ると、食事なしでも$120ドルほどかかるという。国立公園の入園料も込みですよ、と書いてあるが、もともと個人で行く場合は入園料など払う必要はない。公園内で商業活動をする業者は入園許可を取らなければならないので、その料金をオプショナルツアー参加者が負担させられているというだけだ。 日本であらかじめ調べておいた限りでは、公園の入り口にレンジャーが立っており、個人で行った場合には、道順がわかるかとか懐中電灯では足下しか照らしちゃいけないとかフラッシュをたくなんてもってのほかだとかいろいろ説明を受けなければならないので、英語に自信のない人はツアーに参加した方がいい、ということだった。僕はなんとなくレンジャーというと荒々しく屈強な男だと思っていたので、なにを負けるものかと意気込んで公園入口に行った。 ![]() すると、レンジャーに声をかけられた。予想に反して、若くてすらりとしてにこやかな女性だった。僕が初めてきたというと、彼女は道順を説明し始めた。が、上へ行って右へ行って下に降りてと説明が長かったので、先ほどの地図のところに戻り、改めて道を教えてもらった。また、明かりに関して注意され、特に洞窟内では絶対にフラッシュをたかないこと、とクギを刺された。なんでも、土ボタルは捕食活動のために光っているのであって、周りが明るくなると光っている意味がないから光らなくなってしまうそうだ。 僕らはレンジャーにお礼を言って、トラックを歩き始めた。細いが、よく整備されていて歩きやすい。森の中は全くの暗闇で、試しに懐中電灯を消してみると、木々の隙間からものすごい数の星が見えた。まるで空全体の星が、僕らをのぞき込もうと木々の隙間の狭い空にどっと押し寄せているのじゃないかと思えるほどだった。しばらく星を見ていたが、ツアーの団体が来るとムードが壊れてしまいそうなので、洞窟に向かった。 10分ほど歩くと、滝の落ちる音が聞こえてきた。土ボタルがいる洞窟だ。中に入ると、信じられない光景が待っていた。まるで星空のように、何千何万という白い点が洞窟の壁や天井に無数に光っていた。それらは瞬きもせず、ただ静かにそこで光っている。僕らはしばらく言葉を失い、やっと発した声も「うわー」「やー」「おー」と言葉にならなかった。洞窟の壁の溝にそって固まっているのか、天の川のように細く長く光っているところもあった。僕らは宇宙空間にぽいと放り出されたような気持ちになり、ごらんよあれが僕らの故郷の星…などと肩を組み指さしたりして見とれていた。土ボタルは湿気を好むそうで、今日は昼間雨が降ったからよりいっそう盛大に光っているのかも知れなかった。結果論になるが、今夜、サンクチュアリのナイトツアーが中止になってくれてよかった。 土ボタルを堪能した僕らは、トラックを進んで公園入口に戻った。ちょうどツアー客がどどどとバスから降りてきて、もうちょっと遅かったら巻き込まれてしまうところだった。 ところで、さっきは雰囲気を壊したくなかったので書かなかったが、洞窟の中に怪しい2人組がいた。彼らは終始無言で、洞窟の中でフラッシュをたいて写真を撮っていた。注意したほうが良かったのかもしれないが、なにせ真っ暗で相手がなに人かもわからないのでできなかった。暗闇でもフラッシュをたけば目で見たとおりに何でも写真に写ると思っている馬鹿は割と多い。彼らのカメラには壁一面の芋虫が写ったのではないかと思うが、もう少し頭を使って生きてほしいものだ。 そのまま放っておくのもシャクだったので、公園入り口に立っていたさっきのレンジャーに告げ口をした。 「あのー、あの2人組がね、洞窟の中で、フラッシュたいて写真撮ってましたよ」 「えぇっ!?フラッシュたいて!?」 告げ口されたと知ったら、ああいう馬鹿は逆恨みをするかもしれない。これから暗い夜道を1時間も走って帰るのに、妙なことになったら困るので、僕はレンジャーからすすすと離れた。 しばらくの間、僕はツアーの団体を、ああ僕らはタダで見たけれど、この人達は大枚はたいて参加しているんだなぁ、と見ていた。ツアーが悪いと思っているわけではない。ツアーに参加すれば、ガイドがいろいろ興味深いことを説明してくれるのでより充実することは間違いない。けれど、僕はなんとなくガイドに連れてこられる系のツアーが好きになれないだけだった。 すると、レンジャーが僕に寄ってきて言った。彼女は残念そうな顔をしている。 「私達も一生懸命説明しているんだけど、どうしてもたまにああいう人たちがいるのよね。でも、教えてくれてありがとう」 僕は言葉に詰まった。こういうとき、何と言ったらいいんだろう。恥ずかしいような情けないような、でも僕は奴らとは違うんだよということをわかって欲しい。頭の中で英単語をいろいろ組み合わせてみたが、結局文章にまとまらず何も言えなかった。素晴らしい経験をさせてくれてありがとう、くらいは言っておくべきだったかもしれないと、少し後悔している。 車に戻り、時計を見ると19時だった。これからサーファーズ・パラダイスに戻れば20時過ぎか。そうしたら街に出て食事をしよう。 10分ほど走ったころ、突然森が途切れ、視界いっぱいに星空が広がった。目の前はヘッドライトでかなり明るいのに、それでも星がはっきり見える。僕は車を停められる場所を探した。まったくといっていいほど車は通らないが、通るときは高速道路並みの速度なので、なるべく広い場所に停めなければならない。 やっと牧場の入り口らしいところに車を停め、外に出た。外はかなり冷え込んでおり、僕らはフリースのジャケットを着なければならなかった。ジャケットのジッパーを上げながら空を見ると、そこは文字通り、満天の星空だった。どこを探しても雲は一切れも見あたらない。白くモヤモヤとしたものが天頂付近を横切っていたが、あれは天の川だ。天の川を見ること自体は初めてではないけれど、これほど何にも遮られずに清らかな天の川を見るのは初めてだった。南十字星や大小マゼラン星雲が、キラキラともしくはモヤモヤと真っ黒な空に輝いていて、なんというか地球が宇宙に浮かんでいることをこれほど思い知らされたことはない。さっきの洞窟では宇宙を疑似体験したが、今この瞬間、僕らは本物の宇宙を体感したのだった。 イメージを見たい方は、こちら(http://www.bushnback.com.au/glow-worm.htm)などを参照してください。 |
|